短い物語が集まってきました


  ベンチにて


男「なぜ僕はここに座っているんだろう・・・」

女「そんなこと私に聞かないでよう・・」

男「特に君に尋ねたわけじゃないんだけどね・・・」

女「だって、こっち向いて話すんだもん」

01/02/24


   ラストクロック


  決めたんだ、だから止めないで
 (なにがあった)
 泣きたいときは涙流すって
 (かなしい)
 もう我慢しないことにしたんだ
 (いいと思う)
 あの子もちゃんと前向くって
 (そうだったよね)
 負けてなんかいられない
 (そういうことか)

 (勇気もらったんだね、逆に)
 あげるつもりだったのにね

00/11/10


    オコジョがすり抜けた日


  彼女が私の庭先の芝から上半身を覗かせたのはラベンダーが咲きかけ
 た春も遅い午後のことだった。それから3日後、彼女は庭先の向こうの
 あぜ道を東から西へ走っていた。クローバーの葉の間を背中の毛だけを
 見せながら消えた。その2日後、また庭先に現れた。落ち着かない様子
 であちこち見まわしていた。窓辺の私には気づいていないようだった。
  彼女はイタチの仲間で「オコジョ」といい25cmと小さい。この季節
 には背面が茶色で腹面が白、尻尾の先が黒になる。日本では中部地方よ
 り北に分布し、標高は1500m以上の高山に生息するが冬には800
 mまで下がってくる。もうとっくに山に戻っている時期なのにどうした
 のだろうかと、私はあの日以来彼女のことが気になっていた。

  そんなある日、軒下の植木の横にちょこんと彼女が座っていた。そし
 て私の方を見ている。何かを伝えたいのだろうか。しばらくして彼女は
 森に向かって帰って行った。私は仲間を失い山に戻れなくなってひとり
 里で生きているのではないかと思っていた。
  数日後、私は簡単な餌台を作りそこに食パンとオレンジを置いて庭先
 で彼女が来るのを待つことにした。その日は夏の陽射しが照りつけ庭は
 むせ返っていた。しかし彼女は来なかった。餌を置き始めて5日目、や
 っと彼女は現れた。私は窓際に隠れて彼女の動きを見守った。彼女は一
 旦通り過ぎたあと、振り返り餌に近づいた。そして、おもむろに食パン
 を両手でほおばり始めた。とてもおいしそうにすべて食べてしまった。
 ただ、オレンジは口に合わなかったようである。
  その日から決まって彼女は一日おきに現れるようになり、毎回食パン
 のかけらを残さず食べそそくさと家路についた。ここから森までは直線
 距離で200mほど、きっと彼女の住まいはその中なのだろう。たまに
 は私の方からも遊びに行こうか、などとおかしなことを思ったりした。
 お約束の午後、雨が降りだした・・・。

 「こんにちは」
 「こ、こんにちは」
 「いつもありがとうございます」
 「・・・ど、どういたしまして・・・」
 「雨になったのでこんな格好で来てしまいました」
 「そうでしたか・・・」
 「驚かせてごめんなさい」
 「ううん、大丈夫です・・」
 「それでは頂いて参ります」
 「はい、さようなら・・」
 「またお逢い致しましょう・・」


 雨はすでに止んでいた。そして食パンもなくなっていた。夢を見ていた
 のだろうか。不思議な夢だった。顔も鮮明に覚えているし、下駄の鼻緒
 の朱色さえも焼きついている。こんなおかしな話、誰に言っても信じて
 くれない。きのうの夜更かしがたたったに違いない。忘れるに限ると玄
 関先に出てみた。そして脇に目をやるとそこには見知らぬ花模様の傘が
 立て掛けてあった・・・。
  彼女はその後も一日おきにやって来て、きれいに食パンを食べて帰っ
 て行った。私は「夢」のことが忘れられないまま、毎度彼女をぼーと眺
 めていた。彼女も必ず私の方に一度は目を向けた。その視線は私にとっ
 て、すでにオコジョの彼女のそれではなかった。・・・そして、いつし
 か周りの木々は葉をすっかり落としていた。

  今年最初の木枯らしが吹いた数日後、「彼女」から手紙が届いた。じ
 つは、ここ2週間ほど彼女が姿を見せなくなっていた。手紙には美しい
 文字でこう書かれてあった。

 『心配されているのではと思い、したためています。私はあの雨の日か
  らあなたのことが忘れられなくています。でも、もう二度とあなたと
  同じ姿かたちであなたに逢うことが出来ません。あなたの気持ちを確
  かめることのないまま、お別れすることはとてもつらいのですが他に
  よいすべが見つかりません。今までこれほどまでに優しくしていただ
  いたのに、なんと言ってお詫びしたらいいのか分かりません。私のわ
  がままをどうかお許しください』


  その手紙はいつしか見当たらなくなってしまった。だが文面どおり彼
 女は二度と庭先に来ることも、「姿かたち」で現れることもなかった。
 私はすべての出来事がまた夢だったのではないかと思い始めていた。季
 節はすでに春になっていた。今年もまたラベンダーが咲き始めている。

00/11/03


  別れの夜


 「あんな頃もあったわね・・・」

 外の通りを見下ろしながら君が言う。高校生
 のカップルが仲良く手をつないで歩いていた。

 ポプラの黄色も終わろうとしていた遅い秋
 もしかしたら最後の食事になるかもしれない
 そんな、会話も途切れがちなレストラン


 私は明日、中国内陸の小さな村に青年海外協
 力隊の医療スタッフのメンバーとして3年間
 の予定で成田から飛ぶことになっていた。

 都内の巨大病院に籍を置いて5年。何が私を
 この安定した生活から切り離そうとしたのか
 わからない。組織に埋没していく日々に嫌気
 が差したのか、それとも満員電車の吊り革に
 疲れたのか。。

 本心はどうであるか知る由もなかったが、彼
 女は反対しなかった。そして、少なくとも私
 の前では一粒の涙も流さなかった。今では結
 婚のことや将来について語り合ったころが遥
 か昔のことのように思えてくる。


 「明日の今ごろは北京?」

 久々見上げた夜空がやけに大きかった。

00/11/03


  遅い夜明け


このアパートは午前11時頃に夜明けを迎え
る。それまで冬美は夢の中をさ迷い続ける。




「寂しい海岸ね」
「10月の海はどこもこんな感じだよ」

岬の突端に建つホテルから朝の散歩に海岸に
降りてみた。夏はさぞかし賑あうのだろう、
ロッジの残骸がそこここに散乱していた。ふ
たりはそのひとつに腰をおろした。静かだっ
た。カモメの声も聞こえない。遠く水平線近
くに船影が見え隠れしている。厚い雲が切れ
かけて波頭を輝かせ始めた。
「もうすぐ3年ね」冬美が言った。
「そうだな」彼は短く答えた。




向かいのビルから陽が昇って枕と手紙を温め
た。転がったグラスは冷たいまま。
冬美は天
井をぼんやり見ながら「もうすぐ3年ね」と
復唱した。

00/10/13


   花調査 


 「花を探してください」
 「どんな花ですか?」
 「私には見えない花なんです」
 「と言いますと?」
 「色は黄色です。昨日、花屋にありました」
 「昨日は見えたんですか?」
 「そうです、昨日は見えたんです」
 「そうですか・・・」
 「名前は知りません」

 その花はすぐに見つかった。
 見えなくなった訳など知る由もないまま、
 調査費と花代の実費を受け取り、
 暗い夜道の家路をいそいだ。

00/08/29


  デート  (公園編)


 今日は地下鉄に乗らないで
 歩いていくことにした

 公園のなかを抜けていく
 ポプラの並木が涼しげ

 ベンチに老夫婦が座っている
 ローズガーデンからいい香り

 長髪の男がイーゼルを立ててる
 そっと覗き込んでみる

 テニスコートから音がする
 素振りのまねをした

 自転車でアイスクリームを売ってる
 ポタポタたらしながら、ふたりで食べた

 「明日も乗らないで歩こうか」
 「うん、そうしようよ」
 

00/07/28


     「噴水のとき」の人


 公園のベンチに腰を掛けた
 今日は朝からいろいろあって
 なんだか「ひとり」なんだと
 孤独感で落ち込んだりした
 「どうすればいいんだ」と
 悲劇の主人公を演じたりした

 でも今は噴水が創る虹が心地いい
 なんだかほっとしている

 私がそんなこと思ってるなんて
 この噴水は知らないだろうな
 だってこんなに疲れた顔してるもの

 でも少しは心配してくれてるかも・・

 そんなわけないよね
 君はただの水なんだし

00/07/01


  デート  (雑踏編)   


 雑踏の奥には何が潜んでいるのか 

 夕暮れのあわただしさが
 ふと、そんな思いを持たげさせる


 「流れてるね」
 「うん、流れてる」


 留まるものはないのか
 それともすべては
 留まっているのか、などと
 

00/06/26


   デート   (バーカウンター編)


 バーのカウンターの隅っこで
 バーテンダーにお酒を注文

 あなたは「サイドカーを」と
 私は「シンガポール・スリングぅ−」と



    外は雨になっていた
    たぶんいつまでも雨
    たぶん朝まで続く雨

    今日は帰りたくない
    なんて思ってしまう

    雨のせい・・・



 平日にもかかわらず混んでいる


 「あのグラスかわいいね」
 「なに入れるんだろう」

 細長いおしゃれなグラスをあなたが指した


 出てきた・・バーボンだ
       「…っげぇー、き、きついぃ」
       「ゴホゴホッ」

 あなた、初めてだったのね
 しょうがない
 私が飲むか・・と・・・「ふぅ・・」

 「マスターぁ、おかわりくださぁいな」

00/06/22


   デート   (出会い編)


 列車が滑り込んできた
 梅雨の晴れ間の遅い春
 18番ホーム、少し蒸し暑い



 一時間以上は経っている
 何人も男が行き過ぎた
 缶コーヒーがぬるい
 3号車の停車位置



 一番最後に降りてきた・・
 わざとだ。。まったくぅ・・
 「よぉ、おはよう」と私


 「へへっ」
 なにがへへっだ、寝坊したんだから
 「ごめんなさい」だろうがぁ・・・
 などと思うも顔が笑ってる私
 今日も出鼻をくじかれた

 いつのまにか私の左手を引きながら
 なんだかいい香りを振りまいている
 さてはコロンを替えたなぁ・・・

00/06/16